【遠】もう通らぬだろう道だったはず。



 もう、この道は通る事はなかったはず・・・。国道6号線のいわき~岩沼間。私がTRPGの活動をしていた当時、平行するはずの常磐自動車道は未開通でした。同級生がいわきの大学へ進学し、その友人の紹介でその大学のTRPGサークルへお世話になっていた時期がありました。その子とは現在も交流があり、郡山へ引っ越した後も交流が続いています。
 ・・・当時の国道6号線の当該区間は高速道路未開通区間とあり、深夜になると大型トラックの銀座街道でした。オービスといったモノもなかったので、先を急ぐ大型トレーラーに道を譲りながら走りぬいた記憶があります。また、沿線にはギンギラギンのラブホテルも多くあったり、昔ながらのドライブインも健在でした。それを一転させたのは2011年3月11日の東日本大震災でした。
 震災で沿線に存在した二つの原子力発電所に津波が直撃。重大な事故を招いてしまいました。



 幸いにも福島第二原子力発電所は最悪の時代を回避したものの、福島第一原子力発電所は最悪の事故となってしまい、周囲は帰還困難区域となり、長期的に立ち入りが困難となってしまいました。もちろん付近を走る国道6号線も通行止め。JR常磐線も少しずつ運転を再開しましたが、浪江~富岡の間が未開通の状態です。

 前置きはここまでとし、実は11月17日は大洗であんこう祭が開催され、新潟のご友人と楽しい交流のひと時を過ごしていました。その帰り道に、あえて国道6号経由を選択してみたのです。あれから8年、念願の常磐道全線開通!と言いたいのですが、実は常磐道のいわき~岩沼は暫定2車線区間。最高速度も70キロに制限された対面通行区間のため、通過速度がいまいちなのです。一方で帰還困難区域に指定された国道6号線区間も2014年秋には条件付きで通行が可能になっています。どちらも同じ速度帯で通過できるため所要時間も夜なら変りもなく、懐かしい街道を走ってみることに。



 第二原発を通過して富岡町内に入り、夜の森地区を通過するといよいよ帰還困難区域に入ります。ここから先は自動車しか通行できません。歩行者やバイクは通行不可のため・・・



 自動車以外の歩行者やバイクの通行を抑制するために24時間体制で警備員が常駐。しっかりとガードしている。いわき側の「ゲート」には詰め所があり、大きな看板で目立つように「歩行者・バイクの通行禁止」と書かれていた・・・

 そして、この「ゲート」から先の区間はまさにゴーストタウン。国道6号線から分かれる道にはバリゲートが張られ侵入ができないようになっているし、標識が駐停車禁止になっているため停車もできない。信号機も大半が点滅信号機で、稼働していたのは原子力発電所へ向かう道の交差点や高速道路のインター(最近できた大熊ICなど)の交差点ぐらい。放射線の数値は確か1.77マイクロシーベルトぐらい。常磐道でMAX2.7マイクロシーベルトだったはずなので、実は常磐道よりも低い数値だったのは意外だった。
 有人のゲートを通過して10分程度で、ついに福島第一原子力発電所の入口を通過すると・・・不気味に照らされている原発の煙突がライトアップされていて、その光景に現実を感じることができた。この位置でわずか1キロ程度しか離れていない。まさに最接近。あのレベル7の大事故の現場のすぐそこを走ったんだぁと・・・((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
 思わずうぉ・・・と驚きの光景にまだまだ終わっていないのだと現実を知ることができた。このほか、かつてよく利用した牛丼屋の建屋、某寿司チェーンの看板が旧ヴァージョンなどと時間が止まっている感じのエリアを20分程度で通過すると、浪江側の有人ゲートへ。ここで帰還困難区域が終わって、一応は24時間滞在できる普通のエリアに戻ることができます。鉄道も浪江までは開通済みなので、ビジネスホテルも多く点在し、スーパーもコンビニもあります。
 一言でいえば、福島第一原子力発電所の不気味に照らされた煙突3つが印象に残っていて、美しい姿と裏腹に廃炉の作業が難しいこと、その先のことを考えると複雑に感じてしまうのですよねぇ・・・。
 ・・・とはいえ、現状国道6号線は車であれば通行可能であることや、常磐道が暫定2車線状態で混雑気味であることを考えると、帰還困難区域はノンストップ必須と考えれば、実はコスパの良い区間であることは明白で、実際交通量は多くなくとも、かつてのトラック銀座のように高速料金を節約したいトラックがわりと多かった印象を覚えました。ゴーストタウンを突っ走るだけの街道となってしまいましたが、興味のある方は宮城県の「山元IC」から福島県の「広野IC」の間を国道6号線に置き換えるとよいと思う。どちらも2車線区間なので、福島の原発の今を感じつつも、少しずつ復興を進めている雰囲気を味わえるはず・・・たぶん。

 なお、現状で常磐自動車道の4車線化事業が進行していて、こちらもそれなりに進捗が良好な様子。加えてJR常磐線が2020年3月までに全線で復旧する見込みになっています。常磐線については、仙台~東京間の直通特急が復活する事が発表されています。常磐道の4車線化と常磐線の完全復旧という未来に、この区間の運命はどうなってしまうのかも気になる所。かつての青春を走った道なだけに少し気になってしまいます。

 あんこう祭2019の話題については、また後日アップすることにして、今日は思い出深いこの区間のお話をちょこっと。